幸せでした
短い命だけれど、幸せでした。
私は・・・花として美しく咲き誇れたでしょうか。
散るのは私のエゴだけれど、私は・・・あなたのために咲きました。
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「藤堂、鏡志朗・・・」
すべてがあっけなく終わった。
悪逆皇帝ルルーシュは死に世界に平和が戻った。
だが・・・まだ信じられなかった。
いや、信じたくなかった・・・彼が死んだなどと。
どうしてだろうか、死んで当然のはずだったのに…。
呆然としていた藤堂の耳に聞き覚えのある男の声が耳に届いた。
それは最後まで彼のそばで彼女を信じ続けた男の声。
「何をしにきた・・・立場は変わり今や戦犯のお前が。」
「・・・フッ、最後にあの方を裏切るために来たのだ。」
藤堂はその言葉にどこか落胆した。
落胆する必要などないはずだというのに。
「藤堂鏡志朗・・・お前には皇帝シャルル・ジ・ブリタニア陛下のギアスが掛けられている・・・。そのせいなのだろう、時折・・・迷いを見せていたのは」
「俺に・・・皇帝のギアスが・・・?」
「ルルーシュさまは決して解くなとおっしゃられた。それが貴様のためなのだと。だが、あの方の死を犠牲に貴様だけが己の罪を知らず、幸せになるなどと私は決して許さない。」
ジェレミアの左目が開かれた・・・。
ギアスを解く、翠の鳥が紅の鳥を呼び戻す。
それは、まるで夢から覚めるような感覚。
彼・・・?
いや、彼などではない彼女だ・・・彼女だった。
この手で咲かせ、愛し、慈しみ、生をともにすることを誓った・・・。
この世で、最も愛した・・・彼女。
「苦しめ藤堂鏡志朗。貴様に裏切られた時、あの方の心はもっと痛かったはずだ。」
『藤堂さん』
「お、れは・・・彼女を」
幾多の敵の命で赤く染まった手。
その手を彼女は好きだといった。
『俺を抱きしめてくれる、優しい手です』
「彼女に銃口を・・・?」
『藤堂さんがいてくれたら、安心できるんです。』
「彼女を殺せと・・・っ」
『藤堂さんは、俺を信じてくれるから』
もう記憶にしかいない彼女が笑う。
古い記憶。
彼女は、あの日己らを救って以来・・・笑ったことがあったのだろうか。
『藤堂さんっ、ここを頼みます』
必死な彼女の声・・・。
けれど、己は戦場を守り切れなかった。
そう、思い出した・・・藤堂だけは一度本国へ連れて行かれ皇帝の前に引きずり出された。
そして、思い出を奪われる彼女を何もできないままに見つめていた。
『いやああっ、やめてっ・・・もううばわないでっ、いやああああああああああああああああっ』
「俺はっ・・・俺はぁっ、彼女を守れなかった、守ると約束したのに・・・彼女の死を望んだ、あんなにも黒く醜くっ、守りたかった彼女の、ルルーシュの死を願ったっ・・・。彼女を追い出した、ギアスなどにっ・・・・・・」
「あの方は、大切なものをそばに置いておかないことにした・・・と言っておられた。
きっと、その方がお前も幸せになれると。だが私は決して許さない、あの方を裏切った貴様を決してっ!!」
ジェレミアのオレンジの瞳が藤堂を睨みつけた。
「だが、あの方の心の平安でもあったのだ、お前は・・・。」
「平、ぁ・・ん・・・?」
「あの方は、お前のために、ナナリーさまのために優しい世界を作ろうとしていた・・・。誰もが平等に明日を望んでいい世界を・・・。だから、貴様を殺したりなどはしない。あの方のいない世界で、優しい世界をその目に焼き付けて・・・そうして死ね。」
もう二度と使われることがないだろうギアスキャンセラーが閉ざされる。
「貴様の思い出が・・・あの方の安らぎだったのだから。見届けろ、あの方の命の代わりに永らえたこの世界を・・・。」
気づけばジェレミアは姿を消していた。
どれほどの間、藤堂は放心していたのだろうか・・・。
「ルルー、シュ・・・」
『なんですか?』
「ルルーシュ・・・ッどうしてっ、俺は」
悔しさと情けなさに歯を食いしばり藤堂は目元を強く抑えた。
苦しい、苦しくてたまらない・・・。
「(本当に、最後の最後にジェレミアが裏切るとは思いませんでしたよ)」
苦笑交じりのやわらかな声。
ふわり、と暖かな空気が流れた気がした。
「(このまま、消えてしまおうと思ってたのに・・・)」
恐る恐る手を離し、顔を上げる。
「(これじゃあ・・・消えるに消えられないじゃないですか)」
淡い紫の光を帯びたような、儚い姿がそこにあった。
「ル、ルーシュ・・・?」
生前の、最後の姿とは少し違っていた。
体にぴったりとした白いドレス・・・それは死に装束というよりも・・・。
「(ええ・・・悪逆皇帝ルルーシュですよ。)」
「違うっ・・・君は」
「(忘れていた方が・・・楽だったでしょうに・・・。あなたは優しいから、きっとおれを裏切ったことを後悔するから。だから解くなと言ったのに)」
ほっそりとした白く小さな手が藤堂の髪に触れようとした。
だがそこに感触はない。
いないのだ・・・。
ここにいるのに、もう彼女はここにいないのだ。
「ルルーシュっ、俺は・・・俺は何も知らずに君を傷つけてばかりだった!!君はっ、こんな世界のために死んでしまったのに」
藤堂の慟哭にルルーシュは苦笑する。
「(こんな世界なんて、言わないでくださいよ。俺にとってはあなたが生きるための、大切な世界なんですから)」
「だが・・・君がいない・・・君がいないんだ」
ルルーシュが苦笑する。
「(もう、俺はいないけれど・・・でも俺はまだあなたの中にいるんです。ジェレミアがあなたの中の俺を生き返らせてくれた・・・。それでは・・・いけませんか?)」
ああ、困らせてしまっている。
それがわかっていても藤堂は離れないでくれと言いたかった。
「(しょうのない人ですね。)」
クスリとルルーシュが小さく笑う。
「(あなたが俺のところに来るまで、こうしてあなたのそばにいる。それじゃあ、だめですか?)」
「・・・・・・許す、のか?俺を・・・。君を裏切った、君を死へと追いやった俺なのに」
「(・・・許す?)」
信じられない、ありえないというようにつぶやく藤堂に対し、ルルーシュは又ほほえみをこぼす。
「(もう・・・許してなんてあげませんよ)」
重みも何もない体が藤堂に寄り添うようにしなだれる。
「(俺は、Cの世界へ取り込まれはじき出された思念体のようなものです。幽霊とは少し違いますがとり憑くと言えばそうなのでしょうね・・・。解ってるんですか・・・?俺があなたのそばにいるということは、もうあなたに自由な人生なんてあげないってことなんですよ?)」
それでもいいのか?と眼を細めてルルーシュが言葉を紡ぐ。
だが、藤堂は・・・どこかが壊れてしまっていたんだろう・・・。
その言葉にたまらなく甘美な響きを感じていた。
「ああ、自由な人生などいらない・・・。君さえいてくれれば、もう・・・なにもいらない、許しもいらない・・・だから、連れて行ってくれ・・・。」
抱きしめることはできない・・・
だから心を代わりにすべて差し出す。
ルルーシュは花のように、甘くやわらかく笑った。
そうして二人は末永く幸せに…とは問屋がおろさないのが世の中というものだ。
「(ルルから離れろ!おっさん!)」
突如金縛りにあったかと思ったら気付けば隣にいたはずのルルーシュは消え、代わりに銀髪の男がいた。
その男も薄く光をまとい儚げ、ではあるが存在感が全く儚くない。
「だ、だれだ・・・?」
「(だめだよ、マオ、もう生え際が末期寸前なおっさんだなんて言っちゃぁ)」
いや、誰もそんなことは言ってないのだが・・・その声には聞き覚えがあった。
顔を向けると、やはりそれは知った顔で
「ロロ・・・?」
「(お久しぶりです、姉さんがギアスユーザーだという理由だけで追い出そうとした藤堂さん)」
にっこりハニースマイルで毒を吐かれ、藤堂はしり込みする。
ちなみにルルーシュはというと困ったような顔でロロと手をつないでいた。
「(・・・おまえたち)」
「(だってだって!こいつルルをいじめたのに!!)」
「(いじめられてないから、マオ。)」
「(そうだよ、マオ。虐めたんじゃなくて殺そうとしたんだから)」
「(ロロ!!)」
「(だってっ、僕は姉さんがこの人のことで傷つくのをずっとそばで見ていたんだよっ?)」
藤堂に向けていた氷のようなまなざしとは打って変わって、甘える仔猫のようなまなざしを見せる。
「(大体!こんなおっさんがおとーさんなんてやだ!!)」
「(マオ、こんな人がお父さんなわけないでしょ?)」
「(ロロ、マオ!いい加減にしろ!理解してくれたんじゃなかったのか?俺が、藤堂さんを好きだってことを・・・)」
「((理解したけど納得したくない!!))」
藤堂はというと目の前の光景が一体何なのか、先ほどまでのシリアスな空気がどこへ言ったのかというように呆然としていた。
それを見たルルーシュが苦笑しながら藤堂の方へと近寄る。
「(すみません、Cの世界においてきたはずだったんですが)」
「(ルルと一緒じゃなきゃいやだよ僕!!)」
「(姉さんのいくところにはどこにだってついて行くからね!)」
「(と、いうことらしいです・・・)」
ルルーシュが苦笑する。
その笑顔だけでまぁいいか、と思えるあたり、藤堂鏡志朗という男はやはり末期なのだろう。