「よし、じゃあこの作戦のとおりに。ゼロはカレンに・・・」
「待て、扇。俺が行こう・・・」
「藤堂将軍、ですが・・・」
「確認しておきたいことがある・・・」
低くうなるような声に団員たちは一歩退いた。
「わかりました、ですが・・・警戒を怠らないでください。相手は、人間じゃない」
それは是か否か、藤堂は鋭い目つきをいつもの何倍も鋭くして部屋を出て行った。
背中にある爪あとがうずく。
トウキョウ決戦の前夜に、珍しくゼロからの誘いで彼を抱いた。
大抵は藤堂がゼロの部屋を訪れそのまま流されるままにゼロが己に抱かれる。
いつも感じるのは虚無感。
何度頼んでも、ゼロは名前を明かさなかった。
いや、明かせるわけもないだろう。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」などと、己らの最も憎むべき敵である皇族だ。
だから、藤堂は情事の際に呼ぶ名を見つけられずゼロと呼ぶ。
ゼロの体はまるで己の一部だったかのように腕になじんだ。
それ故に名前を呼べないことが苦しかった。
だが、先ほどのシュナイゼルの話で何かが己の中で符合した。
おそらく、己にもギアスがかけられている、そしてそれはあの夢の出来事なのだろう。
何らかの手段で彼の正体を知った自分は記憶を改竄された。
だが、腑に落ちないこともある。
なぜ助け出されたあの日、愛しいのだと告げた己に向けてゼロは「すまない」と涙を流したのか。
なぜ己に抱かれていたのか。
なぜ夢の中の彼の言葉はいつも「さようなら」なのか。
なぜ夢の中の彼はいつも泣いているのか。
藤堂は、おそらく団員たちにギアスが掛けられていないだろう事に気づいていた。
だが、それを指摘しなかったのは己にギアスを掛けられたという怒りのためだ。
そして、何よりも恐ろしいのは今まで自分が彼に向けていた感情が偽りであったかもしれないということ。
すべてが彼の演技で、この気持ちはギアスによって彼に作られていたのかもしれないということ。
黒の騎士団を裏切ったことより何より、己を裏切ったゼロが許せなかった。
ゼロの部屋の前で一つ深呼吸をする。
いま自分が感情的にならないなどという自身は皆無だった。
「ゼロ、入るぞ」
返答はない。
だが、教えられていたドアロックのパスワードを打ち込み扉を開く。
ゼロはソファで項垂れていた。
いつも被っているマスクは床に転がったまま、まるで生気を感じさせない顔つきで項垂れていた。
「ゼロ」
反応はない。
そばへ近寄り足元に膝を付いて顔を見上げる。
ゼロの瞳は虚ろだった。
だが、いつもと明らかに違うのは左の赤い瞳。
その瞳だけが煌々と人外の光を放っている。
まるでその瞳そのものが光であるかのように・・・。
「ゼ・・・・・・ルルーシュ」
ビクリとルルーシュの体が震え、瞳に光が戻る。
そうして映した藤堂の姿に怯えるように目を見開いた。
「と・・・どぉ・・・?」
「ああ、俺だ。」
ようやく顔を上げたルルーシュに合わせるように藤堂も腰を上げて、逆にルルーシュを見下ろすように傍らに立つ。
「な、んで・・・俺の、なま・・え」
「思い出した・・・と、言ったらどうする?」
藤堂としてはカマを掛けたつもりだった。
あの夢が真実であったのではなかろうかという疑惑を持って。
そしてそのはったりは大当たりだったのか、ルルーシュがこれ以上ないというほどに目を見開く。
「そ、んな・・・なんで・・・」
「なぜだろうな、俺にもわからない」
間違いない、と藤堂は確信を得た。
ただ、ルルーシュの反応だけが予想外の物だった。
ルルーシュはひどく怯えたように、だがどこか安堵したように体の力を抜いた。
藤堂としてはてっきり殺そうと掛かってくるか、それとも再びギアスを掛けるかのどちらかだろうと思っていただけに肩透かしを食らった気分だ。
「・・・わかった、でしょう・・?藤堂さん、俺に関わったって、碌なこと無いんですよ。」
「何故」
「・・・藤堂さんの記憶から俺を奪った力は、ギアスというんです。C.C.に貰いました・・・。たった1度だけ、他人にどんな命令でも聞かせる・・・そんな力を持っています。」
「ほかの団員には・・・」
「カレンだけ・・・黒の騎士団を作る前に、彼女がレジスタンスをしていた理由を聞くために使いました。彼女も今はそれを知っています。けれど、貴方も彼女も・・・俺を許しはしないでしょうね。」
ルルーシュは緩々と手を持ち上げ左目を覆い隠した。
藤堂はルルーシュの話の真偽をつかめず、ただ呆然と見下ろす。
「・・・では、特区の・・・ユーフェミア皇女のあの虐殺は・・・君の、意思で」
「・・・・・・本当なら、あの日・・・特区は成功するはずでした。あの子の手をとったんです・・・平和な世界を作ろう、と。でも・・・その後交わした他愛の無い会話が・・・いや、あんなこと冗談でも言うんじゃなかった・・・。」
「・・・何があったのか、聞いてもいいか?」
聞く必要などない、と藤堂の感情が叫ぶ。
だが、藤堂の中にある何かが話を聞かなければいけないと訴えていた。
気持ちの悪い矛盾、まるで己の中に人格が二つあるような・・・。
「ギアスの、話をしていたんです・・・。どんな命令でも聞かせることが出来ると、俺を殺させることも・・・スザクを殺させることも・・・日本人を殺させることも・・・ユフィの意思に関係なく。・・・でも、暴走したギアスがユフィの中に植えつけられてしまった。俺は、あの子のもっとも嫌がることをっ・・・ユフィは最後まで抵抗しようとしていたのにっ、俺の馬鹿な一言がっ!!」
まるで目を抉り出さんばかりにルルーシュの爪が顔へと食い込む。
何かを考える前に、藤堂の手はルルーシュの腕をつかみ自傷をやめさせた。
本当ならば彼が傷つこうと構わないはずだというのに・・・。
「・・・そのあとは、藤堂さんも知ってるとおり・・・ユフィは虐殺を始めました。ユフィを止めるには殺すしかなかった。だから、せめて俺の手で殺したんです。・・・今日の、あのフレイヤとかいう弾頭もそうです・・・。てっきり張ったりだと思っていたんです、スザクの。それに、本当に持っていても撃たないと思っていたんです。だって、あいつに撃てる筈がないじゃないですか。馬鹿みたいに真っ直ぐで、他人の言うことなんかちっとも聞きやしない。大勢を殺すことより一人を殺すことを選ぶやつが、たとえ大量殺戮兵器なんて持って居たって撃たないと思っていたんです。でも、俺の掛けたギアスが・・・」
泣いていることに気づいているんだろうかと藤堂は思った。
ルルーシュはあらぬ方向を見たまま涙を流している。
行く筋も流れる涙を拭うことも無く。
「彼には・・・なんと、命令を?」
「生きろ、と」
藤堂は思わず何かいおうとして、また口をつぐんだ。
何も声が出ない・・・。
「あいつは、死にたがっていたから・・・そう、ギアスをかけたんです。そして、カレンに殺されそうになって、あいつは生きようと・・・フレイヤを撃ちました。全部、俺の甘さが原因なんです・・・。ナナリーが・・・死んだのも、朝比奈が死んだのも、卜部が死んだのだってそうだ・・・俺なんかを庇って。C.C.も・・・記憶を失った。」
藤堂の中で二つの意思がせめぎあう。
ルルーシュを信じるべきだという心と、ゼロを信じてはならないという心と。
愛していると叫びたいのか、殺してやると叫びたいのか、藤堂には分からなくなった。
「貴方にギアスをかけたのも俺の身勝手、暴走したギアスを見て・・・貴方がどうなるか分からなくて、こわ、くてっ・・・それなら、先にギアスを掛けてしまえば、と・・・貴方に知られるのが、怖かった・・・。虐殺の原因がおれだとっ・・・だから、いっそ・・・「ルルーシュ」の記憶を封じてしまおうと、思ったんです。でも、貴方はルルーシュを忘れても・・・ルルーシュを、愛していたことを忘れないで居てくれた・・・。皮肉なものです、いっそ・・・俺を憎めと言った方が良かったの、かもっしれません。」
ところどころ、嗚咽をあげながらもルルーシュは表情無く話す。
まるで本当に精巧なビスクドールにでもなったかのように。
「・・・ねぇ、藤堂さん・・・、いっそ俺は何もしなければ良かったんでしょうか・・・あのまま、あの日・・・ギアスを受け取らずに死んでいれば、こんな悲劇は」
「ちがうっ!君が居たから、黒の騎士団は生まれた、ゼロが居なければ日本はっ」
ルルーシュを「愛」そうとする思いがとっさにルルーシュの肩をつかんで言葉を止めさせる。
ふいに、視界に鮮やかな赤が移りこんだ。
その色に引き込まれるように藤堂の意識が奪われる。
いや、藤堂の中に映像のようなものが流れ込んできた。
「(なんだ、これは・・・)」
―― 8年前の枢木神社、1年前のブラックリベリオン、チョウフでの再会・・・(再会などではなかった!)。いや、再会だった。泣き喚く彼の名前を呼んで抱きしめる、(こんな記憶は知らない!)愛していると囁いて(彼との関係はゼロが戻ってきてからだ!)抱きしめて、笑う彼を見て護りたいと・・・ ――
「藤堂さんっ?藤堂さん、まさか思い出したせいで・・・」
「しら、な・・・何故・・・嫌だ、忘れ・・・」
交錯する意識に頭を抱え込み蹲る。
何かされたのだろうかという考えはすぐに思考の濁流に押し流された。
泣き出しそうなルルーシュの顔を最後に藤堂の意識は思考の海へと沈んだ。
「(なんだ、これは・・・)」
藤堂の前に立っているのは藤堂自身だった。
夕日が直接顔に当たってまぶしいのか目を細めている。
『ルルーシュ君・・・?』
『すみません、急に呼んでしまって・・・。』
『いや、それより君こそ大丈夫なのか・・・?彼女は』
藤堂が視線を移すと、自分の隣に仮面をはずしたゼロが立っていた。
赤と紫の瞳に涙と絶望を滲ませ、それでも尚微笑みを湛えている。
『・・こうするのが一番だと思ったんです。今までありがとう、藤堂さん・・・愛していました、でも』
己が過去形で告げられた愛の言葉に硬直するのを見るのはひどく滑稽に思えた。
『やっぱり、俺なんかに関わらないほうがいいです。藤堂さんのためにも』
『ルルーシュ君?何を言って』
『だから、忘れてください「ルルーシュ」を』
ルルーシュの赤い瞳が強く輝き、それが己の瞳に移った。
滑稽なまでに己は頭を抱え込みうめき声を上げて崩れ落ちる・・・。
ぽつり、とルルーシュの瞳から涙が零れ落ちた。
『・・・・・・・・忘れ・・・い、やだっ・・・忘れるものかっ、消える、な・・・忘れ、る、ものか・・・わ、すれ』
『ありがとう・・・さようなら。』
意識を失う寸前まで「忘れるものか」と慟哭し続けた己を見届けると同時にその光景が遠くなる。
不意に額にしずくの感触を感じて、とっさに雨が降ったのだろうかと思ったのはなぜか。
目を開くと、ルルーシュが顔を歪め涙をほたりほたりと零していた。
その後ろに見えるのが天井な辺り自分は倒れてしまったのだろう・・・。
「と、うどぉさんっ・・・とうどうっさ・・・」
「・・・ルルーシュ、君」
何故忘れていたのかと思うほどに、すんなりと体に記憶が馴染んだ。
「っ、どこも・・・痛くないですか?藤堂さんまで、居なくならないでっ・・・お願いです・・・おねが、・・・も、う、・・・置いて行かないで・・・。憎んでも、きらっても、いいから・・・」
何故一瞬でもルルーシュを疑えたのか、自分でも不思議だった。
愛しているという気持ちさえ、忘れることは無かったのに・・・シュナイゼルの手管に翻弄された自分がふがいなかった・・・。
「ルルーシュ君、・・・ようやく、君の名を呼べる」
「っ、ごめっなさぃ・・・ごめんなさ・・・ごめ、んなさぃっ」
「・・・すまない、一瞬でも・・・君を疑った俺を許してくれ。」
何のことか分からないというように目を瞬かせるルルーシュに苦笑をもらす。
この己の罪を、黒の騎士団の罪をルルーシュに知られる前でよかった、と藤堂は心底安堵した。
だが、この罪は消えることが無いだろう・・・。
ルルーシュの中で、虐殺の罪が消えることが無いように。
藤堂は体を起こすとルルーシュを抱き寄せた。
ルルーシュがしがみつき嗚咽をあげる。
その泣き声さえ愛おしくて堪らなかった。
「ルルーシュ君、ここで待っていてくれ・・・」
「?な、にが・・・なにか、あったんですか?」
「シュナイゼル・エル・ブリタニアがここへ来ている」
びくりと大きく震えた体をなだめるように藤堂は背をなぜる。
「大丈夫だ・・・ただ、シュナイゼルに踊らされている団員が多いのも確かだ・・・。だから、待っていてくれ。俺が君を護る・・・今度こそ!」
「ぃ、、やです!おれも、一緒に」
「君はここに居てくれ・・・。大丈夫だ、だれも君を裏切るものか。」
腕を解くと不安げに触れる瞳が藤堂を凝視している。
離れないでくれと伸ばされる腕から離れるのは心苦しかったが、それでも藤堂は行かなければならない。
このままではこの部屋へ団員たちが雪崩れ込んでくるのも時間の問題だろう。
己がギアスに操られていると言う者も居るだろう・・・。
だが、二度とルルーシュの傍を離れる気はない。
たとえ己が最後の一人になろうともだ。
「行ってくる」
藤堂はルルーシュの米神に口付けを落とし背を向けて部屋を出て行く。
己が罪を清算するために。
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よし、藤ルルになりました。
19話思いっきり捏造です。
というわけでこれから20話を見ます。
とっても怖いです!
でもこれで少し満足したので、何とか乗り切れそうな気がします!