「君は生きろ・・・」
耳に届いてしまったその言葉、あわてて振り返ったときルルーシュは笑っているように見えた。
「っルルー」
「構え!!」
カレンの言葉を遮り藤堂の声が指揮を執る。
次の瞬間、そこには銃弾の雨をかぶった血濡れのルルーシュがいるんだろうとカレンは思った。
だが・・・
「え・・・?」
ほんの一瞬の出来事。
カレンは一瞬だって目を逸らしはしなかった。
それは上の階層にいた藤堂たちも同じだろう、それなのにルルーシュのそばにはまるで瞬間移動でもしたかのようにロロが立っていた。
そして誰も発砲する気配がない。
不思議に思ってカレンが上を振り返ると誰一人として銃を構えるものはいなかった。
それどころか、全員手の中から銃が消えたことに不思議そうにしている。
「ちょいと性急過ぎるんじゃないですか?中佐。」
ガシャガシャガシャッと鈍器が落とされる音がして、そしてそれに伴う声があまりに聞き覚えがありすぎてカレンは氷の塊でも飲み込まされたかのように固まった。
「う、ら・・・・・・べ?」
藤堂が驚愕に目を見開いたまま名前をつむぐ。
そう、そこに立っているのは確かに卜部功雪本人だった。
ただし着ているのは団員服ではない、ジェレミアと似たような黒い衣服、そしてやはりジェレミアと同じように右目に黒い羽のような仮面をつけていた。
「卜部?!何でお前がここにっ」
ルルーシュも同じように驚愕に目を見開いたまま叫んだ。
そりゃ驚くだろう、死んだはずの男だ。
だが、ルルーシュの驚きは団員たちと違う場所にあったらしい。
「最終調整が終わるまで部屋から出るなとあれほど言っただろう!!」
その叫びに団員たちはそろって首をかしげた、卜部は死んだときかされていたというのに・・・瞬時に思い浮かんだのはゼロがやはり自分たちを騙していたのではないかという結論だった。
「卜部!紅月をつれてこちらへ来い!そいつは・・・その男はわれわれをだまし、利用していた!我々はその男にとってただの駒に過ぎなかったんだっ!!。」
千葉が引きつったような声を上げる。
団員たちは卜部が藤堂を裏切るはずもない、と思っていた。
だが、卜部はその声には反応せず千葉に背を向けるとルルーシュのほうへと歩み寄った。
「卜部・・・戻れ、でないと」
「どうするって言うんだ?今のお前さんには何にもできやしないだろう。」
「っ・・・」
「話をするくらい平気だ、ちったぁ体もうごかさねえと錆びちまう」
「・・・っロロ!なぜ卜部を連れてきた!貴様など弟ではないといったはずだ、さっさと出て行けとも言った!」
「ご、ごめんなさい・・・っ、でも・・・シュナイゼルの話を聞いてしまって・・・いても立ってもいられなくなって。だって、兄さんにとって僕が弟じゃなくても、僕にとって兄さんは兄さんなんだっ!」
「坊主は悪かねぇ。あんまりにも秘密主義をしてるお前さんも大概にしとかねえからこういうことになるんだ。まぁ、ちっとばかしのぼせすぎてうまい具合に宰相閣下の思惑通りに動かされてるみたいだがな。」
卜部は片方だけ残された黒い目を不機嫌そうに細めてシュナイゼルをにらみつけた。
シュナイゼルはあいも変わらず笑みを浮かべたまま余裕の表情を見せている。
「中佐ぁ、あんまり失望させないでください。一体誰に銃身向けてるんです」
卜部の視線が藤堂に移った。
「どういう意味だ」と藤堂がうなるように低い声で答える。
「冷静になれば中佐なら、もっとまともな判断ができるでしょうに。」
「冷静になどなれるかっ、その男は朝比奈の死をどうでもいいと片付けたんだぞ!」
「そりゃお互い様でしょうに。中佐、よく思い出してください。あんたは見たことがあるはずだ、この子を。たとえ名前を覚えちゃいなくても、この子の顔を忘れるなんざそう簡単にはできないですよ。」
お互い様、という言葉に藤堂の顔つきがますます厳しくなったがその言葉を発しているのは卜部だ。
これがゼロであったならさすがの藤堂も言いようのない怒りをくすぶらせるだけではなく、身を焦がしていたかもしれないが・・・。
藤堂は落ち着きを取り戻すべく一つ息をつくと卜部の言葉通り、ゼロを名乗っていた男に眼を向けた。
いや、少年だ。
骨格がまだ大人になりきっていない子供だということくらい以前からわかっていた。
ただ、藤堂にとって阿と吽の呼吸で会話のできる者は相当頭の切れる、到底子供の枠には収まらないような人間ばかりだった。
だが、ちゃんと冷静に見てみれば子供だ・・・。
顔つきも幼さがどこかに残る・・・。
藤堂はその瞬間、妙な既視感を覚えてルルーシュの顔を凝視した。
年齢にそぐわぬ諦めを宿した紫電の瞳。
青磁器でできたように白い肌。
日本人とも見まごうほど黒い髪。
「ルルーシュ、ヴィ・・・ブリタニア・・・?」
藤堂の意識は厳島以前の夏まで奪われた。
『藤堂師匠!こいつ全然体力ないんだ!』
『うるさい!余計なことを言うな』
『なんだよ、頭でっかち!本当のことだろ!!だからさ、俺が守ってやるんだ』
「枢木スザクの・・・親友、の・・?」
スザクが敵に回って以来、昔のことは思い出そうと思ったことも思い出したいと思ったこともなかった。
スザクはわがままでは会ったが、育て甲斐のある弟子だった。
その弟子が自分の教えた武道をブリタニアのために使う、それが腹立たしくて情けなくて藤堂はスザクに関することを一切思い出したいとは思わなかったのだ。
そのために、封じられていたもう一人の子供に関する記憶。
「朝比奈が死んだのは確かにつらいですよ。でも、それと同じようにこの子だって辛いんだ。中佐、あんたが朝比奈の死でこの子の心情を構ってやれなかったように、この子だって妹の死が辛くて中佐や、ほかの連中の心情なんて構ってられなかったんだよ。それとも、誰かここへ帰ってきてこの子が辛かったなんてこと、わかった奴はいたのかい?ナナリー・ヴィ・ブリタニアとルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。ちょっと考えれば総督の兄貴だってことくらい分かったんじゃねえのか?それとも、ゼロには大切なものなんざ欠片もないと?」
いっそ感情的に怒鳴ってくれたほうがいいとカレンは思った。
卜部の言葉は責めるでなく怒鳴るでなく、淡々と紡がれる。
言葉が耳に痛い。
だが、自分に非があったとしても相手に非があれば、その相手の非を認めさせることに力を尽くし、自分の非を認めようとしないのが人間だ。
「でもっ!そいつはゲームだと抜かしやがった!信じていたのによぉっ!すべては盤上の出来事だと抜かしやがったんだ、許せるわけがねえだろ!!」
「そいつぁ・・・やっこさんのせいじゃないのかい?」
玉城の叫びに対し卜部が視線を向けたのはシュナイゼルだった。
「誰も彼も奴さんの手にのせられやがって・・・。ちったぁ頭を冷やしたらどうなんだ。ゼロがいなくなれば黒の騎士団が潰れちまうのは、ブラックリベリオンのとき痛いほど分からされただろうが。」
「・・・・・・われらの分断が狙いだと?」
「宰相閣下には、日本なんざどうでも良いんだろう。だが、ゼロのいる日本は厄介だ。だから、ゼロさえ巣穴からいぶりだせば、後は貴族趣味の狐狩りとでも洒落込むつもりだったんじゃねぇのかい?」
「人聞きの悪いことを言うね。弟のかけた迷惑だ、確かに私は君の言うとおり日本などどうでもいい。エリアだろうが日本だろうが好きにすればいい。だが、弟を狩るなどそんな悪趣味なまねをするつもりはないよ。」
「なら鳥かごの鳥か、もっと大きな獲物に対する餌か?」
「確かにとらわれの身にはなるだろうね、だが安心してくれればいい、ゼロさえ遺体だろうとなんだろうと引き渡してくれれば日本は返還するとそこの副指令君に約束した。」
「それで?死んでいたら俺のような体にするわけか・・・」
卜部はジャケットを脱ぎ捨てシャツの襟に手をかけた。
一体何のつもりかと全員が卜部を凝視し、シャツが脱ぎ捨てられた瞬間・・・幾人かはその異様な体に悲鳴を上げそうになった。
「中佐、これが虐殺だといわれていた作戦の決行理由ですよ。」
「な、んだ・・・それは。卜部・・・なんなんだその体は!!」
男の団員の中には、昔まだ日本が日本であったころ、テレビでやっていたヒーロー物の番組や映画にあこがれた者もいただろう。
だがそれは非現実的な世界の話だ。
卜部の体は半分近くが機械に変わっていた。
「非人道的な研究、ギアスの開発や移植。俺のこの右目もギアスですよ。人工的なものですが、かけられたギアスを解除するという力があります。死にかけた俺はブリタニア軍に回収され、中華連邦にあったギアス饗団に連れて行かれ、見事にこんな体にされたわけです。あの施設にいた子供たちは全員がギアスの保有者で、暗殺者でした。まぁ、宰相閣下はそのあたりのブリタニアに不都合な事情は伏せていたようですが」
「いやだな、あの施設は皇帝陛下のもの、われわれでは踏み込めない領域というわけだ。」
「コーネリアのほうはあの施設でV.V.に拘束されていたと聞いている。知らぬ存ぜぬで通せる話じゃねえぜ。」
機械の体は腰にまで及んでいた、おそらくはその下も。
「だが、だが!子供なら殺さずとも」
「無駄ですよ、厚生できるなんて甘い考え」
口を挟んだのはロロだった。
「僕も、その施設の出身でした。ただ、僕は失敗作だった、だから兄さんのそばで人間らしくなれた・・・。でも、ほかの子供たちは違う、生まれたときから死なないことをいつかは義務付けられる殺戮兵器として育てられたんです。」
「死なない・・・?それはどういう意味なんだ?」
空気はいつの間にかに、いつもの黒の騎士団のものへと戻っていた。
シュナイゼルの手の上から、団員たちが次々に降りていく。
「ギアスは、無限の物じゃない。」
今まで沈黙を守っていたルルーシュが口を開いたことに団員たちは肩を跳ねさせ、そして警戒するようにルルーシュに視線を送る。
それは、いまは敵意ではなく戸惑いと不安といったものだった。
「・・・ギアスには制限がある。一定以上使いすぎるとギアスが暴走する、そしてその状態でギアスを与えた人間を殺せばコードが継承され、ギアスユーザーはギアスを失う代わりに不老不死となる。」
「不老不死・・・?そんな」
「本当よ、そしてルルーシュの契約の相手はC.C.・・・生き返るところを、この目で見たわ」
カレンの言葉にさらに団員たちがどよめいた。
ルルーシュは、もはや興味ないとばかりに団員たちから目をそらしシュナイゼルに目を向けた。
「義母兄上・・・俺はあなたの手に渡るわけには行かない。その代わり、あなたの望むようにこの騎士団は彼らの手にゆだねることとしましょう。どちらにしても、一度壊れた関係は直るはずもない。変わりにあなたには皇帝の座を差し上げますよ。あの男は完成されたギアスユーザー、不老不死です。現実の理から外れた存在。・・・あの男も、Cの世界へ連れて行きます。だから、超合衆国に参加した全ての国をエリアから返還していただけますか」
寂しい声音。
誰も声をかけることができなかった。
ゼロはいつも大きく見えていた。
だが、その中にいた少年は傷だらけの小さな存在。
シュナイゼルは肩をすくめてため息をついた。
「仕方がないね、お前だけは残りなさいといっても・・・ナナリーのいないこの世界にもう意味はないんだろうね。そして、意味を与えることも・・・。」
ルルーシュは静かに笑った。
そして団員たちに目を向ける。
「・・・すまなかった。だが、これだけは信じていてほしい。日本を取り戻したいと思ったお前たちの気持ちは、お前たち自身のものだ、誰にも揺らがされることのない。」
「ゼロ・・・俺たちは・・・」
「扇、言ったはずだ。これはゲームだったと。私と皇帝の・・・。私のベットは全てなくなり、私はゲームに敗北してステージから降りる。ただそれだけだ。だが、この私からゲームのプレイヤーとしての地位を奪ったんだ。必ず勝利して見せろ。」
ルルーシュは抱えたままだったゼロの仮面を再びかぶった。
そしてそのまま藤堂に顔を向ける。
「すまないな、藤堂・・・卜部は連れて行く。もう卜部もこの世の理から外されてしまった。」
「・・・・・・あぁ、分かった。」
一瞬、空気の流れもないのに風が吹いた気がして・・・次の瞬間。
そこにはゼロも卜部もロロもいなかった。
まるで最初からそこには誰もいなかったかのように。
そして、ジェレミアも消えた。
後を追うようにして数週間後、皇帝も消息を絶った。
99代ブリタニア皇帝シュナイゼル・エル・ブリタニアがその座を継承ししシャルル・ジ・ブリタニアが戦で手に入れたエリアは全てそれぞれの国に返還された。
異物を吐き出した世界は静かに巡る、また・・・新たな歴史の境目を迎えるその日まで。
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黄昏時の空。
見飽きたようでその実どうでもいい。
ルルーシュは白と黒の烏に挟まれ、世界を見下ろしていた。
「いいのか?戻ろうと思えば、戻れるんだぞ?私さえ残っていれば、扉を閉めることはできるんだ。」
「いいえ、殿下のおわす場所が、私のいるべき場所です。」
「それに、実は独りぼっちになったら寂しがるだろう?お前さんは」
ぽんぽん、と頭をなでる卜部を見てジェレミアが機嫌を悪くするのはもう“いつも”のことだった。
朝も夜もないこの世界で、変わりのない“いつも”が過ぎていく。
そして“いつも”のように戸惑いがちに近づいてきたロロを手招く。
何も変わらない、不変の世界。
孤独の王は、安らかな黄昏時に抱かれて、ただ静かに地球儀を見下ろしていた。
人はそんな存在を、こう呼ぶのかもしれない。
“ ”
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卜部さん生還もの
なのにあっという間に逝っちゃいました。
いや、逝っちゃってないですけど・・・Cの世界もある意味死後の世界と変わりないですよ。
イメージとしてはですが。
和解はしたとしてももうそこには留まっていられないだろうなと思ってギアスユーザー皆でCの世界にお引越しです。
C.C.は一応カレンが保護したという設定にしています。
皇帝のおっさんはC.C.登場時のように封印済み。
しっくりとは来ませんが、まぁこれはこれでありな世界だと思っていてください