「もしもし?もしもーし?」
ペチペチと顔をはたかれて朝比奈は呻き、生きていることに驚きと安堵を覚えた。
重くて仕方のない瞼をゆっくり開くと、目に映るのはきれいな青紫。
露草の花の色のような・・・
やがて視界がクリアになり焦点が定まって朝比奈「ぅわあっ」という叫び声とともに飛び起きた。
「ユユ、-フェミア!なんでっ・・・なんで虐殺皇女が生きてっ」
「まぁ、せっかく消えそうだったのを起してさしあげたのに、失礼じゃないですか?」
むぅっ、と頬を膨らせる彼女があの日のあの惨劇の時のような面影はなく、それまでメディアで見ていた役立たずのおきれいなお姫様の顔だった。
「それに、あなただって、もう死んでいますのよ?」
「ぇ・・・?」
自体がうまく飲み込めない朝比奈に、ユーフェミアはにっこりと笑って「とりあえずお茶にしましょう」と、朝比奈の手を引いて起こした。
振り払うこともできず、朝比奈はそのままユーフェミアに引きずられるようにして体を起こし歩き始める。
お茶にしましょうと言われたものの、なんだかよくわからない世界をさまよい歩き(空中に絵画が多くかかっていたり、急に本棚のある書室のような場所になったりと)朝比奈が連れてこられたのはイグサの匂いの懐かしい、囲炉裏のある畳の部屋だった。
そこには真剣な様子で足を抱え込んで座り将棋盤を見つめる暗殺されたはずのクロヴィスと
同じく呆然と立っているギルフォードと苦笑いを浮かべる卜部、
「おお、やはりお前もこっちに来てしまったか」
不意に後ろから声をかけられ朝比奈は警戒しながら振り返る。
その見覚えのある姿にますます目を見開いた。
「仙波さんまでなんで?!」
仙波が何か答えようと口を開くがその前に飛んできたのは憤慨したようなクロヴィスの声だった。
「リョーガ!やはりこの手はずるい!!」
「ずるくなどない、なんだ詰みか?」
ぅう、と唸ってクロヴィスはそのまま壁に向かってのの字を書きながら「イレヴンなんて嫌いだ」とぐちぐちぼやき始めた。
仙波はなれたように肩をすくめ将棋の駒をしまい始める。
訳が分かっていないのはどうやらギルフォードと自分だけらしい・・・。
「とりあえず座れや」と卜部の言葉に従ってしぶしぶ囲炉裏の前に腰を下ろす。
ギルフォードは床に座るということに慣れていないせいか困惑したように、それでも無邪気に「ギルもここに座ればよろしいですわ」とユーフェミアが座布団をたたくのを見て不承不承その上に腰を下ろした。
流石に三角ずわりは嫌だったのか、正座をする朝比奈を見て同じように足を折りたたむ。
後で絶対後悔するだろうなぁ、と朝比奈はぼんやり思いながら、さぁ事情をさっさと教えてくれ、と卜部と仙波に向きなおった。
ギルフォードもクロヴィスやユーフェミアに話を聞く気は端からないのか、視線を気まずそうに卜部や仙波の方へ向けていた。
「まぁ、・・・そのだな、簡単に言っちまえば死後の世界ってやつだ、ここは。」
「ちなみに私がいちばん最初に来て」
「次が私で、二人で退屈していたところに卜部さんが来られたんです」
退屈・・・?死んだら退屈もくそもないはずじゃないのか?!
「そのあとにワシが来て、これまでの成り行きを聞いていたわけだ。朝比奈もギルフォード卿も、とんだ災難に巻き込まれたようだな」
「巻き込まれたっていうか、その話の感じだと僕たち死んでますよね、それ」
「少なくとも、お前ら二人が見た光に巻き込まれた連中は全員だな。下見てみろ」
それまで目の前にあった囲炉裏が消え、下に映るのは巨大なクレーター。
とっさに落ちると身構えた二人に対して他の4人は冷静に、そして痛ましげに眉をひそめてそのクレーターを見ていた。
「これが、お前たちの見た光の後だ」
「・・・まさか、これ・・・全部」
「消えてしまいましたわ・・・政庁も何もかも・・・スザクが、スザクが放ったフレイヤのせいでっ・・・」
ユーフェミアは泣かなかった。
以前のユーフェミアならば泣いていただろう。
だが、ユーフェミアはぐっとこぶしを握りしめ瞳に焼き付けるようにその光景をにらんでいた。
「っ・・・姫様は。姫様はご無事で」
「あんたの見てた姫様は、あんたの姫様じゃねえぜ。あんたの姫様は斑鳩につかまってる」
「っゼロのやつ、そんなこと一言も!だからあいつは信用できないんだっ」
言葉が終ると同時に、ココンッと朝比奈の頭に固いものが当たった。
ギルフォードはそれをぎょっとしたように見つめ、クロヴィスや卜部たちはまたかというように溜息をついてユーフェミアを見た。
「だから、靴を投げるなって言ってるだろう」
「~~っ、だってこのメガネさん!ルルーシュのこと何にも知らないのにっ」
「落ち着きなさい、ユフィ。何も話さない、だれも信用しないルルーシュだって悪いんだ」
「ルルーシュは悪くありませんっ!お父様が悪いんです!!」
「仕方ないだろう、父上は皇帝なんだから。」
「皇帝である前に人の親人の子です!!ルルーシュを捨てたお父様が悪いんです!」
ユーフェミアはキッとクロヴィスをにらみつけ「お兄様のばかっ!」とまだ靴を履いている方の足で脛をけりつけた。
相当いたかったのだろう(死後も痛覚はあるらしい)
クロヴィスは涙目になりながらうずくまった。
「まって、待ってくれ!待って下さいクロヴィス殿下、ユーフェミア殿下。それではまるで、ルルーシュ様が生きていたと」
「生きていたんだよ、ギルフォード卿。そうして、私は殺された。あの子に・・・。喧嘩は多かったけれど、優しかったあの子に、私は人を殺させてしまったよ。知っているだろう?あの子がどんなに優しかったか。私は最初から見ていた、あの子が手に入れた力を使い、ブリタニアに牙をむける様を。あの子が一人で泣くときに、そばにいてやれないことがこんなにもつらいことだと思いもしなかった。」
シーンは移り変わり、そこは朝比奈の見たことのない部屋だった。
だが、うなだれる黒髪の青年が来ているのはゼロの服だ。
「これが・・・ゼロ?」
「そうだ、本名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。廃嫡されたブリタニアの第11王子だ。そして、エリア11の新総督だったナナリー・ヴィ・ブリタニアの実の兄貴だよ。」
初めて見るゼロは・・・とても細く頼りない体つきをしていた。
そして、いつも横柄な態度でゼロの横に立っていたはずのC.C.はおどおどと挙動不審にゼロを遠くから見ている。
「・・・ルルーシュは、俺に言った・・・切り捨てるだけでは駄目だと」
卜部が朝比奈の隣に並び立ち、ルルーシュの姿を痛ましげに見つめる。
そこへカレンが現れた、何か格納庫に来てくれと言われ、億劫そうに立ち上がりカレンの後をついて行く。
「おれは・・・みっともなくても、あの時生きて、守ってやらなきゃいけなかったのかもな」
「ワシらは・・・その点では、みな同罪だ。年下の、成人したか否かの青年だとわかっていたはずが、気づけばゼロに頼り切りになっていたのだからなぁ」
「誰かが失ったものと、あの子が失ったものが、等価値だとは言わない・・・でも、あの子は失いすぎた」
格納庫へルルーシュがたどり着いたとき、たくさんのライトが突き刺すようにゼロを取り囲み・・・団員達は銃を向けていた。
朝比奈とギルフォードは息をのんでその光景に目を張る。
「最初は・・・マリアンヌさま、ナナリーの目と足、お父様はルルーシュの生を否定して、スザクはその手を拒んで私の手を取りました。」
「そんで、記憶を奪われ、監視され、妹に拒絶されても・・・あいつは懸命に立ってた。」
何もできないことを知っている面々は、ただ顔をしかめて銃を向けられているルルーシュを見つめていた。
「まだ、18歳なんだ・・・ルルーシュは。私より、7つも年下だ。」
殺されるだろうゼロをロロが助け、命を長らえさせた。
朝比奈が疑い、とらえようとしたロロが・・・。
そして・・・追手の手がかからないところまで来て・・・眠るように息を引き取った。
偽りの兄弟だったとしても、おそらくは心のどこかでよりどころとしていただろう、甘えていただろう存在がまた一つ消える。
ユーフェミアが悲しげに笑い歩き出した。
「わたくし、迎えに行ってきますわ。ルルーシュの弟なら、ロロも私の弟ですもの。何もできないなら、せめてみんなで見守りましょう・・・?」
ルルーシュが、作りだすだろう優しい世界を・・・。