「だから、注文したのは空気洗浄機で・・・そういう問題じゃないでしょ、だから、おい!」
切れた、と朝比奈は舌打ちしながら受話器を叩きつけるように置いて振り返った。
其処にいるのはアメジストのような大きな瞳でじっと朝比奈を見上げる黒猫の縫いぐるみを抱きしめた子供。
空気洗浄機を頼んだはずが、送られてきたのはこの子供だったのだ。
箱詰めされていて最初は誘拐?とも思ったが、箱をよく見ると「人間洗浄機、L.L.型」としてある。
子供に何を尋ねても「ご注文なさった人間洗浄機のL.L.です」としか答えない。
それで通販元に電話をしてみたのだが、間延びしたような口調の男が「君にはそっちの方があってるよ~、試供品だから」とかなんとか訳の分からないことを言って切られてしまった。
試供品ということはお金はかからないのだろうが、空気洗浄機を頼んで子供を送りつけられるなど聞いたこともないし、非常識だ。
「えっと、君」
「L.L.です」
ふんわり、と笑う姿には確かにいやされるが・・・というかこの子供もどこかから誘拐されて利用されているんじゃなかろうかと思う。
それなら、公僕である自分のもとに置いておいて最近あった誘拐事件を調べた方が手っ取り早く片がつくかもしれない。
よし、そうしようと朝比奈は割り切ると眉間のしわを取り払いにこりと笑い返した。
「えるつー、ね。とりあえずルル君ってことで、君のお父さんとかお母さん?」
「ロイドとラクシャータ?かもしれない」
こてん、と首を傾げながら答える姿に思わず毒気を抜かれそうになった朝比奈だがあわてて止まりそうになった思考回路を呼び戻す。
「かもしれないって・・・えっと、じゃあ君いくつ?」
「起動してから、ということですか?」
「いや、まぁ・・・」
「大体15分です」
「いや、それは君がここに来てからの時間であって」
「?」
あぁ、だめだ、会話にならない。
というか会話しようとすると穢れのない眼差しに射抜かれてしまって思考回路が止まりそうになる。
「(人間洗浄機って言葉は、案外的を射てるかも知れない)」
「あの・・・」
「ぅん?」
「ぼくは、あなたを何と呼べばいいですか?」
誘拐されたかもしれない、というのに全く気にも留めていないらしい。
悩むのが大概馬鹿らしくなって朝比奈はL.L.の頭をなでながら答えた。
「省吾でいいよ。」
++++++++++
L.L.が来てから2週間。
流石の朝比奈にも、L.L.が人間ではなく本当に電化製品らしいということが理解できた。
まず、食事が出来ない。
腰のあたりに充電用の電気コードがあるのを見つけた時には流石に朝比奈も失神するかと思った。
だが、そんなことが気にならないくらいL.L.と一緒にいると気持ちが落ち着く。
人間洗浄機とは伊達ではないらしい。
職場の人間にも「最近変わった」とか「何かいいことあったのか?」と聞かれるようになった。
上司である藤堂にも「顔つきがよくなったな」といわれ、上司大好きな朝比奈は有頂天だった。
同僚の千葉には「気持ち悪い」といわれてしまったが。
家に帰るとまず「おかえりなさい」と満面の笑みで迎えられ、風呂、食事と何から何まで至れり尽くせりの状態。
食事は一緒に取らないものの同じ席について朝比奈が食べるのを横で見ながら「おいしい?」と尋ねてくる。
これで癒されなければ人間じゃない、なんて思いながら朝比奈は夕食の茶碗蒸しをつついていた。
「ルル君がいるといいねぇ」
「ほんとに?」
「うん、おいしいご飯が食べられるし、かわいいし。」
言葉は帰ってこなかったが、代わりに花咲くような愛らしい笑顔が向けられた。
ただ、朝比奈が忘れていることが一つあった。
同じ明日が続くのだと思っていた、が突然L.L.の動きが止まった。
「・・・ルル君?」
『ゴ利用有難ウ御座イマス。』
突然発せられた機械的な声にびくりと朝比奈の肩がふるえた。
『本日デ、人間洗浄機L.L.型試供品ノゴ利用期間ガ終了致シマス。』
「っ、ま、まって!そんな」
『オ気ニ召サレマシタデシタデショウカ?ソレデハ、製品版デノオ買イ上ゲヲオ待チシテオリマス。』
ブツッとカセットテープが止まるような音がして、次の瞬間には不思議そうな顔で朝比奈を見るL.L.がいた。
「どうしたの?」
「・・・ルル、君?」
「おいしく、なかった?」
時計を見る。
針は10時を指していた。
きっとこれは予告だったのだろう。
「しょうご?」
なんだかたまらなくなって、次の瞬間にはL.L.を抱きしめていた。
「しょうご?どうしたの?おいしくなかった?」
「・・・っううん、おいしかったよ。すごく、おいしいよ」
不思議そうにしていたL.L.だったが、朝比奈が離れないのだということがわかるとぽんぽんと朝比奈の髪をなだめるように撫で始めた。
++++++++++
「君ねぇ、説明書読んだ?ちゃんと中毒性があるって書いてあるのに」
ブツブツと文句を言うのは以前電話の応対に出たらしい男だった。
昨夜、昨日が終わった瞬間に動かなくなったL.L.を車に乗せ朝比奈は販売元であるアスプルンド研究所に来ていた。
「俺は、新しいのなんていらないんだ。ただ、ルル君に帰ってきてほしい。」
所長であるロイドは肩をすくめると面倒くさそうに「奥へどーぞ」と朝比奈を招き入れた。
「別に、その子を返してあげられなくはないけど、普通に買うより高くつくよぉ~?」
「構わないよ」
「やれやれ、はっきり言って面倒なんだよねぇ~、セシル君」
「はい」
「L.L.の製品版出して、まだプログラミングしてない奴。」
「・・・また、ですか?」
「そう、また・・・。」
人間洗浄機の中毒症状がある人間はどうやら多いらしい。
セシルと呼ばれた女性もため息をつきながら奥へ行く。
「最近の癒しブームに乗って作ったつもりなんだけどねぇ。」
「効果がありすぎるんだよ」
「そうみたいだねぇ。君で5人目だよ。」
それが多いのか少ないのか、朝比奈にはよく分からないがそれでも試供品を提供しているあたり中毒症状の出ない人間もちゃんといるのだろう。
「ロイドさん、準備ができました。」
「じゃぁ、ラクシャータ呼んできてくれるかい。それで、君はその子を渡してくれるかな?」
「どうなるんですか?」
「このL.L.の回路を製品版の回路に移すんだよ。ただ、デリケートな機械だからねぇ。」
「壊れる、とか?」
「いやぁ、ただ作業に時間がかかるだけ。動作テストなんかもあるしねぇ一週間経ったら郵送するよぉ」
++++++++++
それからの1週間はまるで死んでいるかのような気分だった。
息がつまりそうでそのまま死んでしまえそうだった。
家に帰って誰もいない時間の方がよほど長かったというのに、家に帰ってお帰りというL.L.がいないことが恐ろしいほどに苦しかった。
L.L.は機械だ。
いや、機械でなくても別れはいつか訪れる。
それでも今まで付き合った女たちみたいにこっちの方から別れたい、とは思わなかった。
逆に自分の方から愛してみたいと思った。
次にくる別れまで、後悔しないくらい愛してみたいと思った。
「そろそろ、かな」
6日目になると今度はソワソワとし始めた朝比奈に、藤堂も同僚たちも不審人物を見たような目つきになり「病院に行った方がよくないか」とまで言われた。
心配されることが煩わしいと思う自分が昔はどこかにいた。
藤堂は敬愛する上司であるが、誰かの心配というのはどこか重かった。
L.L.のいた2週間は少しもそんなことはなかった。
人間が好きだと思える自分だった。
「会いたいよ、ルル君。」
*****
約束の1週間が過ぎて1日。
昨日、送られてくるはずだったL.L.が来なかったことに肩を落としていた朝比奈だったが、今日には届いているだろうとどこか浮かれながら家へと帰ってきた。
「・・・あ」
家の前で挙動不審にうろついている人物がいる。
もしかして運送会社の人間だろうかと思わず駆け足になる。
「あのっ」
びくり、と彼の肩が跳ねた。
「・・・ええと、うちに何か?」
あたりに荷物は見当たらない。
そろそろ、と振り返った青年はあんまり見開いたらこぼれてしまうんじゃないだろうかと思うほど、綺麗なアメジストの瞳をしていた。
「っ・・・あ、の・・・」
「・・・・・・ルル君?」
きっと、L.L.が人間なら泣いているだろう。
そんな表情を浮かべているのを見て、思わず安堵のあまりに笑顔を浮かべてしまった。
「お帰り」
「っっ、しょうごぉ」
泣きそうな顔に無理やり笑顔を浮かべるL.L.に釣られるようにして朝比奈も思わず泣き出してしまった。
「しょ、しょうご?どこか痛い?」
「ううん、君が帰ってきて嬉しいんだ」
鞄をその場に放り出してL.L.を抱きしめる。
「肉眼で確認できる愛って、あったんだねぇ」
「?・・・どういうことだ?」
「んっとねぇ~、君が好きすぎて死んじゃいそうだったって話だよ」
*****
おまけ的な何か
- それにしても、どうして大きくなってるの?
- あ・・・ぅ、 やっぱり、いやか?
- ぜんっぜん! むしろ大歓迎!!前のルルも可愛いけど、今のルルも可愛いよ
- しょうご
- うん、そんな顔しちゃだぁめ。 食べたくなっちゃうから
- ? 食べたくなるって
- うんうん、そのうちね